女性が救世主だったりしたらもっと共感できたかな。

『ブルータワー』石田衣良著、野又穫(装画)、小暮徹(撮影)、飯田出穂(装丁)、徳間書店、2004.9、ISBN:4198619182

野又穫の表紙を見たときから、読もうと決めていた作品。相変わらず一気読みできる。できるけど。

インフルエンザの変異種によるバイオテロに大気を汚染され、そびえ立つ塔の中でしか安全が保障されなくなった近未来。脳腫瘍に侵された主人公は、現代の東京の高層マンションと近未来の「ブルータワー」の間を行き来する。自分を取り巻く人間関係が奇妙に似通った二つの世界を旅するうちに、彼は気づく。ワクチンを開発するためには、未来では失われてしまっているインフルエンザの原型を未来に持ち込まなければならない(この場合、モノを来世に持ち込むことはできず、構造式をひたすら記憶しなければならないというのがミソ)。それこそが自分に与えられた使命だと。

いや、いいんですけどね。主人公を救うのは、夫婦関係冷え切った奥方ではなくて、若い、盲目的な愛を捧げる若い女性だってのも。それが王道だという気もするし。主人公が、マトリックスのネオさながらの救世主だってこともいいとしよう。誰かを確実に救うための使命感が、死の恐怖をやわらげるってのはありそうなことだと思う。でも、そんなヒロイックな死を許される人はほとんどいないだろうな。主人公は、奇跡的に脳腫瘍が縮小して生きながらえることになるし。

何より、近未来の塔はそのまま残るってのが。破壊しろって言ってるんじゃない、もちろん。インフルエンザのワクチンが開発されれば、生命の危険はなくなるだろう。だけど、そのことだけで、塔が格差の象徴ではなくなり、誰でも登れるようになるだろう、っていう見通しはちょっと安直すぎる気が。

今気づいた。野又穫の絵の魅力は、塔に人がいないことだ。