私はこの時代を生きたことがある、と錯覚させるような

安井仲治 モダニズムを駆けぬけた天才写真家』ISBN:4106024047安井仲治写真、飯沢耕太郎/中島徳博解説・編集協力、新潮社、10/1994

安井仲治(なかじ)。大阪生まれ。1903〜1942。実質的に写真家として活動したのは1922年からの約20年間。

作品が古びてしまったかどうかで価値が決まるとは思わないが、確かにリアリティがある。写真の中の存在はそこにあり、写した写真家もすぐそこにいる。彼が写した異形のものは、今も生々しくグロテスクだし、背中を向けた群集の放つ熱気を私は確かに見た。
どこかここじゃない場所で。

大戦間の中欧に魅かれて、一時期、その頃について書かれたものをよく読んだ。欧州から逃れてきたユダヤ人は、この写真集の中にも顔を出している。近づく戦争は、野球の試合結果とともに街角に張り出されるほどに身近だった。それらの写真が持つ不安と不穏に対する共感、世界が近い感じは、決してノスタルジーによるもの(だけ)ではない。

普段の日常にいちいちリアルを感じたりしないように、現実は、そこに放り出されているだけでは現実感を持たない。リアリティを切り出す才能をこの写真家は持っているということか。

夜中にヘッドホンで音楽を聴く時間の中にしか、"私"という私を感じない私に、一瞬の現実感が差し出される。そういう写真だ。

最後に。終戦の直前に死んでしまった芸術家に対してはいつも、この人ならどんな戦争を生きただろう、と思う。あ、今の私と同じ年齢で死を迎えていることに気づいた。