エーコと去勢猫の話

この間『のんしゃらん』を読んでいたら、ウンベルト・エーコが村上香住子の部屋を訪れたときの逸話が紹介されていた。村上さんの飼い猫銀次が去勢されていることを知ったエーコ、その場でこんな寓話を披露したという。

あなたが屋根裏部屋で掃除をしていたら、トランクの中から古いランプを見つけた。熱心に磨いていたところ、ランプの精が現れ、「三つお願いをかなえてあげましょう」と言う。「じゃあ、部屋をもっときれいにして。それからお姫様みたいな服を着せて。最後に、銀次を王子様に変えて!」とお願いすると、あら不思議。あなたは、プリンセスのようなドレスを着て宮殿に立っている。傍らには王子様に変身した銀次が。しかし、銀次は香住子にこう言うのだった。「どうして僕を去勢したの!僕たちは子どもを作れないじゃないか!」

「去勢には反対だ!」と声を荒げるのでなく、こんな笑い話にしてしまう。それも即興で。

村上さんのパリでの生活は、綺羅星のような文化人・芸能人に囲まれて過ぎていったらしい。「パリで芸術家として身を立てる」のはもちろん素晴らしいが、ルイ・マルル・クレジオのような大御所と「パリで浮名を流す」のはどんな気分だったんでしょう。日本のバブルという魔法が、一介の翻訳者をプリンセスに変えてしまったのだ(ご本人の魅力があってこそですが)。

大昔読んで内容は定かでないが、堤邦子(堤清二の妹)さんの『パリ、女たちの日々』も、パリでの華麗な社交生活の話だったような。ジャンル「エッセイ」、その下の分類「パリの外国人」さらに「ミューズたち」に属する話。鼻母音と、発音より全然長い綴りに騙されているのかもしれないが、パリには末永く「憧れるに足りる都市」であってほしいと願っている。