追求する

哲学するようになるというのは、専門を変えるときみたいにたんに新しい分野に入っていくのとは違うのです。どんな分野からスタートしてもかまいません。そこで可能な対立仮説を排除しようとひたすらがんばってごらんなさい。そうすると、どんどん広い範囲の対立仮説が表立って姿を現してくるでしょう。こうして、信念をできるかぎり信頼できる仕方で形成しようとすることから、知識について哲学する姿勢は自然に生じてくるのです。(『理性はどうしたって綱渡りです』)

「...ゼルキンにとってすべては疑義を呈されなくてはならないものであり、矛盾を含んだものだった。なぜなら人は常になんとか見事にやってのけたいと求めているわけだが、その一方で、どれだけ見事にやったと思ったところで、そこにはどうしても矛盾が生じることになる。なぜなら何に比べてそれが見事なのかという確固とした基準がどこにもないからだ」(『意味がなければスイングはない』)