クラリネット・ミニ・リサイタル

久しぶりにクラシックのコンサートに行ってきた。場所は上野でも赤坂でもなくて、地元の区役所のある東陽町。客席40くらい。とある会社のショールームに付設された小さな部屋。ときおり、すぐ脇の道路を通り過ぎる車の音が聞こえてくる。

永代通りから区役所に抜けるときにこの建物の前は何度となく通ったことがあるはずなのに、先日まで全く、その存在に気づかなかった。1階のガラスケースに入ったコンサートの告知を目にしたときは、「Buffet Crampon Paris」のロゴに、雑貨屋かカフェと勘違いして立ち止まったのだった。

どうやら、コンサートのお知らせらしい。クラリネットが中心。ピアノ以外の楽器を弾いたことのない私には聞き覚えがないのだが、どうやら「ビュッフェ・クランポン」というのは木管楽器を扱う会社らしい。こんなところにこんな会社があったなんて、ちっとも気がつかなかったなあ。演奏者の肩書きも立派だ(相変わらず聞き覚えはない)。その中で、チェロの「藤原真理」という方の名前は聞いたことがある。チケットは2,000円(会員は1,000円だったような気がする)。普段着生活圏に属しているのが何より気楽だ。

ということで、当日はのんびり、会場に向かったのだった。今夜のプログラムは以下の通り。

♪Clarinet Recital

♪出演者:遠藤文江(クラリネット) 藤原真理(チェロ) 倉戸テル(ピアノ)

♪プログラム

Fantasiestücke Opus 73 R. Schumann

Tema con variazioni J. Françaix

Morceau de Sal J.B.W. Kalliwoda

Wings J. Tower

Trio Opus 11 L.v. Beethoven

ショールームで受付けを済ませて、併設のホールへ。「クラシックの人たち」で、席は半分くらい埋まっている。見たところは普通の会議室のよう。シンプルな椅子は、あまり座り心地が良いとはいえない。ベーゼンドルファーのピアノが置いてあり、客席との間にはなんの仕切りもないので、演奏者の距離が本当に近い。開演の時間が近づくにつれ、会場はほぼ満席に。

今日の主役は、クラリネットの遠藤文江さん。ピアノの倉戸テルさんがピアノに腰掛け、まずはシューマン。1曲目がちょっと、息が合わない。伴奏の三連音符がちょっともたつく感じ。しかし、2曲目、3曲目と進行するにつれ、やがて本調子に。遠藤さんが小さくてほっそりしていることにまず驚き、ほとんど息継ぎをしているように見えないのに、驚くほど大きな音が出ることに驚く。しかも、鼻やら口やらに息を詰め込んでいるはずなのに、清楚な色気のあるお顔が相変わらず美人のままである(美容師さんが、美人な人は、髪がカーラーだらけのときも美人ですよ、と言っていたことを思い出す)。

クラリネット奏者だけに注目して演奏を聴くのは初めてなので、他の人がどういうふうにこの楽器を扱うのかはよくわからない。しかし、この体格でこの楽器を扱うのは、大変じゃなかっただろうか。男性のプレイヤーは、どんな風に演奏するんだろう。対照的に大柄なピアノの倉戸さんは、大きな体と指で、ひょいひょいと鍵盤をつまむようにして正確にオクターブを叩く。ひとつひとうの音に、無駄に情緒をからめない。好ましくもあり、たまに物足りなくもあり。

もちろん曲を聴いているのだが、専ら視覚情報重視で、これはスポーツ観戦に毒されたかな、と思ったり。でも、近いしね。私にとってはあまり縁のない楽器だし、奏者は魅力的だし。自分が弾いていた頃は、「巧く」「正確に」弾けるかどうかしか考えられなかった。個性は「音の中で」表現するべきことで、「姿勢よく」「手は卵形で」以外の弾き方があろうとは想像だにしていなかった。才能がなかったのはもちろん、情報も好奇心も想像力も無かったのだ。この世界の中で、私はいつまでたっても受け身の子供のままだった。「〜しちゃいけない」からもう少し自由になれれば、少しは音楽との接し方も違っていたかもしれない。このところはようやく「弾く姿ばかりを見ている」ような聴き方も別に構わないじゃないか、と素人らしく考えられるようになってきた。

休憩を挟んで、4ステージ目は、クラリネットのソロ。現代曲にはひときわ思い入れが感じられる。5ステージで、藤原真理さん登場。この人もまた、小さくて華奢な人だった。チェロという大きな楽器を持てるのが不思議なくらい。ベートーヴェンモーツァルトはおそらく一生好きになれないと思っていたが、このところ、ベートーヴェンとは和解できそうな気がしてきた(モーツァルトはまだ無理)。倉戸さんのピアノは、この曲が一番しっくり来る。藤原さんの弾いているときの表情は、世界を恐れている少女のようだ。

演奏が終わり、盛大な拍手が起きる。アンコールはまず、藤原さんの「白鳥」。こんなに聴きなれたメロディなのに、やっぱり感動する。最後の締めは、遠藤さん。有名な曲目じゃないかと思うが、詳細不明。まだお若くて力技が目立つ感じだけれど、また聴く機会があるといいな。

思いのほか充実した夜だった。気軽に立ち寄れるコンサートを見つけたのは嬉しい。今後も時間が合えば聴きにいくかも。http://www.buffet-crampon.com/jp/events.php