霧と強風の鳥海山登山(その1)

frenchballoon2008-07-05


3:50起床。4時間しか寝ていない割には、ぐっすりかつすっきり快適な目覚め。コーヒーを入れ、東京から運んできたデュヌラルテのパンで朝食。4時を少し過ぎたあたりから着々と空が明るんできて、焦る。とはいえ、霧で視界が利かないのは昨夜と同じ。5時にチェックアウト。フロントで見せてもらったYahoo!天気予報によると、今日の酒田は曇り、降水確率は20%と低く、まあまあの天気といえなくもない。しかし、フロントのお兄さんいわく「今日の登山は難しいかもしれませんよ」なんだそうだ。しかし、私の決心は固い。なんせ、6年も登りたいと思いつめてきた山だから。去年の富士山だって、言うなれば鳥海山の代わりだったわけだし。「雨が降らなければ、まあいいです」「お気をつけて行ってらっしゃい」と気遣っていただき、鳥海山荘を後にする。1泊1万以上かけられない私にとって、ここは価格、設備、サービス、環境とも申し分なし。この宿があると思えば、用がなくとも庄内に足が向くというものだ。

昨夜何台か止まっていた車はほとんど出てしまった後で(さすがに皆朝が早い)、カーナビを大平山荘に合わせると、到着は1時間半後とのこと。それじゃ7時になってしまうので、とにかく飛ばすことにする。ブルーラインに入るまでは基本的に昨日走った道なので、ほとんど迷うこともない。しかし、ブルーラインを上るにつれひどい霧に視界をさえぎられ、かなり閉口する。吹浦登山口は大平山荘よりも上にあるはずなので、漫然と道を進んでいくと、秋田県の県境が現れてしまう。なんだか心細くなって大平山荘に戻り、山荘の人に道を尋ねなおしてついでにトイレを借り、やっと登山口の駐車場にたどり着いたのが6時20分過ぎ。2、30台停められる駐車場に、他の車はいない。土曜日だというのに。心細いことだ。電話ボックスみたいな登山口の事務所?で登山届を書き、投函。初めて使用するストックを125センチに合わせ、スパッツを付けて、6時40分登山開始。

細いなりに一部コンクリートで整備された登山道を黙々と上がる。最初の1時間がきついと書いてあったが、きついというほどではない。半そでのTシャツにアームカバーでちょうどよいくらいの気温。霧は相変わらず。昨日のように午後から晴れる方向だと有難いのだが。7時20分見晴台到着。霧の中でも鮮やかな山吹色のユリ(ニッコウキスゲというそうだ)に迎えられる。ほどなく水の流れる浅瀬が現れ、残雪がそこそこに見られるようになる。8時12分、河原宿着。特に歩く必要はなかったのかもしれないが、登山道の脇の雪渓の上を歩いていて、足場を確かめようとストックでとんとん叩いたら、乗っていた1メートル四方ごと落下してしまった。高さも1メートル程度、雪の厚さが20センチ弱くらいあったので、衝撃はほとんどなかったものの、ちょっとばかし驚いた。上から見ただけじゃ、下が空洞になってることはわからないんだなあ。淵は歩かないようにしなくっちゃ。

とか思っていたら、今度はちゃんとした雪渓が現れ、どうやらここを突っ切らないといけないらしいので、ちょっと困る。数日前に遊佐町の役場の人に「千蛇谷に雪渓が残っています」とは聞いていたが、まだ御浜にも到着していないのに、雪渓があるなんて。道標らしきものは霧で全く見えない。足跡もない。仕方がないので、上りも下りもせずまっすぐ歩いていったら、横に寝かせたピンクの旗が現れてほっとする。ここはまっすぐでいいらしい。しかし、後ろを振り返りながらおどおど前に進む間に、すぐに後方の旗は視界から消える。という作業を3回ほど繰り返して、有難いことに、やっと最初の雪渓を渡りきった。

8時45分、御浜到着。大平山荘以来、初めて人の声を聞く。霧に加えて風までも出てきて、登山向けの天気でないことはいよいよはっきりしてきたが、一番メジャーな象潟口からは、やはりちゃんと登山者がいるものと見える。御浜小屋の中からも人の気配がする。小屋の脇で、レインウェアの上下を着込むおじさんたちの姿。それはいかにも、現在の気温と行動量に対して暑そうなので、私は薄手のパーカーを1枚重ねるだけにする。雨は全く降っていないけれど、霧で髪とかぐしょぬれなので、帽子も被る。次はバンダナ持ってこなくっちゃ。

少し上った後、今度は下りの雪渓が現れる。今度はロープが張ってあるので、道は心配ないようだ。しかし、下りで若干足が滑るので、ここで、登山靴にチェーンを装着。一昨年戸隠行きの時に買ったものだ。追いついたおじさんたちが「はー、今は便利なものがあるんだねー」と感心しきり。次の雪渓はちょっと大きめで、今度は道標が何もないので(相変わらず視界はない)、ちゃっかりおじさんたちについていくことにする。最初雪渓の1番上まで上ってみたら登山道がなくて、右手に枝分かれした分岐をつぶしながら、道を探す。幸い最初迷い込んだ道から右に2つめの分岐が登山道に繋がっていた。うーん、一人だったら道を見つけられたかどうか。前途が思いやられる。だけど、迷ったら雪渓の淵伝いに道を探せばいいことはわかったぞ。

9時53分、七五三掛(しめがけ)到着。ここでおじさんたちと別れることにする。どうせ追いつかれると思ったが、結局以後、お会いしませんでした。どうなさったかなあ。七五三掛を過ぎてすぐに千蛇谷と外輪の分岐が現れ、ここは計画通り千蛇谷へ。すぐに雪渓に迎えられる。幅はたいしたことがない。斜面を平行につっきるだけで、人が通過した跡が、人幅程度のごく細い通路を作っている。が斜面の傾斜はそこそこあり、ロープも何もなく、下は見えないがともかく急傾斜で落ちている。足を踏み外したらどうなるんだか考えたくもない。短い距離ながらひやひやで渡りきる。次の雪渓はかなり広くて、どうやら上り。傾斜がそんなにきつくないのを良いことに上まで上りきってみたら、やっぱり登山道が見つからない。周りに人もいない。上り口は雪渓の左端に近かったので、雪渓の左端を見ながら下っていったら、ほどなく登山道が現れた。ちょっとは賢くなったかな。

しかし、視界が利かない、ということの大変さをつくづく思い知る。夏の有難さで、霧に濡れて強風に吹かれても寒くはない。それより、いつものハイキングと同じで、「道も整備されてるし、人もいるだろうし」ということで、地図の一枚を持ってこなかったことが恥ずかしい。かろうじて購入したコンパス(2,700円もした)も、地図がなけりゃ効果半減かも。

で、下ってきたお兄さんに「次の雪渓ってどんなルートで行けばいいですか?」とすかさず尋ねてみると、なんとその方は、次の雪渓でルートがわからなかったので、引き返してきたところだという。鳥海山は初めてで、なんとかここまで来たけれど、次の雪渓はルートもわからないし、傾斜も急だし、自分の後に来た3人組もルートを知らないというので戻ってきた、とのこと。岩手の方とのことで、地震のときには焼石岳に上っていて、ダム工事用の道路伝いに下山したそうだ。「頂上まで、もうそんなにかからないと思いますよ」と引き止めてみたが、「やっぱり帰ります」ということで下りて行かれた。さらに上っていくと、さっきお兄さんが話していたと思しき3人組のおじさんが下りてきた。同上で引き返すそうだ。「まだ一人ねばってますけどね」との言葉を頼りにさらに上ると、またしても下りてくる人一人。「この人が、ねばっていた最後の一人かな」とがっかりしながら尋ねると、そうではなくて、頂上から下山してきたところだそう。「ルート教えていただけませんか」と頼むと、「ちょっとわかりづらいですから、一緒に行ってあげましょう」と申し出てくださった。すぐに現れた雪渓は、なるほど傾斜がきつい。思わず躊躇してしまう気持ちはよくわかる。件の「最後の一人」が、雪渓の左端を登っているのがかろうじて見えた。私の道案内をしてくださった方は、迷うことなく、下手から上手へ、まず平行に雪渓を突っ切り、そこから上り始めた。ご本人の足取りは軽く、飄々と登ってゆくのだが、登山靴を蹴り込んで足場をわざわざ作ってくださっている気配がある。長い上りではなかったが、登山道まで道をつけてくださり、私がそこにたどり着くまで見届けてから下っていかれたのには、本当にお礼の言葉がなかった。

「ここから頂上までは、あと少しですから」という言葉を頼りに、最後の雪渓へ。幅はそこそこ広いが、目印のロープあり。若干傾斜はきつかったかもしれない。ロープの若干上方、他の方の足跡を目安に歩きながら、「滑ったらあのロープを掴もう」と考えていたら、それが良くなかったのか、本当に落ちた。5、6メートルくらい? つるっつるの斜面ではなかったので、まあ、ロープがなくても止まったとは思うが、ロープがなければどこまで落ちたことか。でも、実感がない。慎重の上に慎重を重ねて、元の場所に戻り、雪渓の残り数メートルを渡って、登山道に復帰。11時56分、御室山頂、大物忌神社到着。この天候で5時間20分のタイムは、そんなに悪くないかも、というのは、後で各種資料を見比べながら思ったことですが。

霧でかすんだ鳥居を写した後、まずは、大物忌神社でご朱印をいただく。昨日、吹浦の里宮でいただいたご朱印を確認しながら、「わざわざご朱印貰いにここまで来たの?」と尋ねられる。うーん、今回に限っては、ご朱印と登山、動機は半々かなあ。300円を支払う。外輪山か新山、あるいは七高山から来た人たちが10人くらい。安心したせいかトイレに行きたくなり、なんだか原始的なトイレで用を済ませる。新しいトイレが建設中で、この霧と暴風の中、工事をしている人が何人か。次の登山の時までに完成してるといいなあ。かなりぼーっとしていたのか、なんと、神様にお参りするのを忘れる。よって頂上の写真は、ぼーっと霞んだ鳥居のみ。これじゃなんだか全然わからない。ご朱印が山頂の証拠写真代わり。といっても、本当の鳥海山の頂上は、大物忌神社の裏手にある新山の頂上。時間は20分程度。晴れてればもちろん行くのだが...。そこら辺りでちょろちょろ気配をうかがってみたが、あくまでも霧で、絶対雨にはならない水滴に身体を浸し、強風に翻弄されて、私の根性も尽きた。一応ここも「山頂」なわけだし。苦労に見合うだけの報酬は得た、と身体が言っている。

13時、下山開始。千蛇谷の雪渓を「下る」と考えただけで多少ぞっとするので、これも当初の計画通り、帰りは外輪山経由で。といっても、外輪山への入り口がよくわからず(道の分岐点ではなく、分岐点から少し下がったところに標示がある)、その辺りをうろうろし、やっと道を見つけて下っていくと、ああ、また雪渓が。聞いてないよ。しかも傾斜急だし。ロープないし。「こんなところ、渡れない」と途方に暮れていると、何やら下のほうから人声が。そちらに近づいていくと、向こう河岸から渡ってくる団体さんの姿が見えた。登山道の切れ目よりずいぶん下の方に、横切るルートが通っているのだった。団体さんが踏み固めてくれた道を、有難く渡る。ちょっと登って、雪渓もうひとつ。こちらは普通に横切れる傾斜だったので、さほど緊張もせず渡る。渡り終えて、またしても団体さんと出くわす。中年のおばさん多数の団体で、「ここってアイゼン要るの?」と聞かれて、どうやらこの先には雪渓はなさそうだ、と胸を撫で下ろす。「頂上まであとどれくらい?」と投げやりに聞く女性からは「やらされ感」が濃厚に漂ってくる。「あなたが」登るんでしょうに。

さあ、もう雪渓はないぞ!強風がどうした!この重い内臓脂肪を抱えた体を、そう簡単には吹き飛ばせるもんか!ってな感じで尾根を渡る。で、こういう時なんだよね。私がミスるのは。あまり道標のない外輪山で道標が現れ、ここで「七高山」「行者岳」「大清水」の表示が見えた。ここは普通は人が迷うようなところではなく、すべて私が地図を持っていなかった&下調べが足りなかったせいなのだが、「行者岳」の存在を気に留めたことがなかった&「大清水」を吹浦口途中の「清水大神」と勘違いした私は、「大清水」方面に左折してしまった。この道標には実際は「百宅口」という表示もあったのだが、角度が違っていて、「大清水」とはまた別だと思ったのだ。「百宅口」と「大清水」は同じ方向なので、もし一緒の板に書いてあればちょっとは考えたはずなのだが。あるいは、「行者岳」が「御浜」と併記されていれば、「行者岳」を知らなくてもわかったはずなのだが。ともあれ、外輪から早々に逸れてしまって30分ほど下った後、巨大な岩に、どーんと「百宅口」と書かれているのを発見し、腰が抜けそうになる。いくらなんでもこの道は違う。仕方ないので、戻る。14時に分岐点到着。1時間のロス。

千蛇谷は、雪渓につぐ雪渓で、時間の経過を考えている暇などなかったのだが、外輪はなんだか、遅々として歩みが進まないような感じがある。梯子やら岩場やらが多いせいだろうか。何より、外輪一番の売りの眺めが全くないわけで。七五三掛到着は15時45分。もし迷っていなければ、1時間45分のタイムか。どっちにせよ、ここは妙に時間がかかってるな。一歩ごとの高低差が大きいところは苦手と見た。

七五三掛から雪渓を下る。朝迷った場所なので、大体覚えているはずなのだが、半分人任せだったから、いまいち記憶に自信がない。さっきから下りる人も上る人も見ていない。雪渓に一人。朝、上ったときは、下から上がって右手に折れたんだから、今度は下って左手に下りれば良いはず。最初は、下山者の足跡がいくつか見て取れたが、途中から足跡無くなる。なぜ?と思いつつ、妙に急な傾斜を下る。この傾斜には覚えがない。下まで下りきると、案の定、登山道は見当たらなかった。水の流れの上に載っているらしき雪渓の上を用心深く歩きながら、またしても戻る。雪渓の左端を見ながら上る。登山道、見つかる。難所、これで最後か? 最後だよな。

御浜手前、最後の雪渓をロープ伝いに上る。16時半。人の気配なし。霧と風、相変わらず。夾雑物が無い、この時間が好きだ。単独で動くことを、絶対に手放せない。

御浜小屋到着16時50分。念のため、御浜小屋のご主人と話をして、帰りのルートを確認。吹浦まで1時間半あれば着く、日暮れには十分間に合うはずとのことだったので、安心して吹浦口へ向かう。朝あんなにびびって渡った河原宿の雪渓が、とってもかわいらしく感じられる(笑)。今頃上ってくる登山者1名。18時を過ぎたところで、タイムリーに日産レンタカーから電話が入る。鳥海山ではことごとく携帯が通じないと思ったが、この辺りまで下れば電波が入るのか。予定の6時までの返車はもちろん、7時の営業時間にも間に合いそうにないことを話すと、「でも確か、今日の夜行バスでお帰りの予定ですよね。7時を少し過ぎるくらいまででしたら待ちますから、もう一度下山したらお電話ください」とのことであった。急に穏やかになった風は、むしろ涼しさが足りず、霧の代わりに、小さな虫がたくさん空中を飛んでいる。地上とはこういうところであったか。吹浦登山口は、晴れていた。空が青かった。18時40分、無事生還。