家を出るまでが大変

ハサミを持って突っ走る
『ハサミを持って突っ走る』オーガステン・バロウズ著、青野聰訳、JAN STROMME(Jacket Photograph)、バジリコ、12/2004

頭がおかしい人に囲まれて幼年時代を過ごすのはどんな感じかというと、多分こんな感じ。アメリカでは売れているらしい(いまだに米アマゾンでは247位にランクイン)。

憎み合う両親。ぴかぴか光るもの、過度の清潔さ、権威と名声を愛するこども。親が離婚した後彼を引き取ったのは、またしても頭のおかしい母親の精神科医。その精神科医すら、母の敵だったことが発覚する。

愛情に飢えているけれども、母親への呪詛はない。感傷的でもない。生き延びる固い決意も表明されない。冷静に計算しているわけでもない。ハサミを持って走っている自覚。正気でいるためのすれすれの線上にとどまる努力だけが痛々しい。

母親のようにも、精神科医のようにもならないと心に決めて、こどもは町を出て行く。先の辻原登風に言えば「もはやだれの息子でもない」。生き延びたこどもが、この自伝を書いた。ハサミは手から離れたんだろうか。